スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

思春期  ④『子供をダメにする親』自称親に潰された元こどもたちの言い分から考える

タイトルもう少しなんとかならんのか(汗

もともとブログ「森のなか」は
発達障碍についてのアレコレの自分の考えを書きながらまとめる
&どこかのかつての1号やかつての2号が少しでもラクになるように
&どこかのかつての私がちょっとでもラクになるように、という
趣旨ではじめていた、脱線もひどい
ハートフルほっこり☆日常☆発達障碍ブログだったのですが

5年も6年も書いていると、
自分では読み手として想定外だった相手から
ご連絡を頂き、話を聴く機会も増えていくんだな、これが。
既に大人になってしまった発達障碍当事者だったり、
既に「しくじった」と言い切る親だったり、
既に親になったのに「自信が無い」と言い切る大人だったり。

そしてそれは盛大な親への呪詛だったり、
生まれてしまったことへの後悔だったり、
あるいは子供への呪縛だったりする上に、
時に、自伝風味の自分のことのみドラマティックに発信する
俺様通信で驚きを隠せないのですが、

なんかそれらに触れて、ある意味返事に困って考えて、
そして見えてきたことがある。
その「見えてきたこと」というのは、
思春期の、思春期までの、親と子の関係にすごく関係が
あるなあ、と思ったので、今日はそんな話。

正直、中学生&もうすぐ大学生を育て中のワタクシが
書くよりも、既に子供が巣立った人間が書いたほうが
説得力ある内容なんで「この若造がw」ってご意見もありましょうがw

『子供をダメにする親』の共通点について考えた。

******
①親の理想像を押し付けている

「(親の自分にとって、都合の)イイ子だからダイスキよ」
「あなたは本当にイイ子ね」
「こどもはこうでなくっちゃね」
「**でないとダメよ」
『将来はオトウサンと同じ**大学に』
『将来は**になってね』

こわいこわいこわい!
イイ子の基準が、常識的な世の中のルールに従うべきだ、
人様にあえて迷惑をかけるようなことをしないように、っていう
そのくらいならいいの、それは当然なの!
むしろ入れておかなくちゃいけない守るべき価値観なの!
失敗は誰にでもあるけど、故意じゃないなら仕方ない。
こういうのは犯罪だからダメだからね?とか
故意に迷惑かけるのは良くないよ、ってそれくらいなら良いの。

でもそうじゃなくて、イイ子じゃないとダメ、っていう
理想を押し付けまくっている親がいる。
反抗を許さない、反論を許さない親がいる。
言わせない親がいる。
そして、将来の進路や職業をきめてしまう親がいる。
他の選択肢を選ばせない親がいる。

あるいは、子供が、そうであると思い込んでしまっている。
自分は、選んではいけない、親の言うことを
聞かなくてはいけない。そうでないと、愛されないと。
そうでないと、自分には価値がない、と。

親にはそんな、理想を押し付けたつもりがなかったとしても、
顔つきで声のトーンで普段のちょっとしたことで、
子供が親のそういう心の奥底の希望をしっかり読んで、
自分の本当の思いや本当の夢にふたをして、
イイ子を演じてしまう、イイ子である選択をせざるを得ない、
そういう子がいる。
イエスマンになるしかない、そう思い込んで、
親が喜ぶ選択を、さも自分が自発的に
したかのようにして、死んだ目で進んでいく子がいる。

でも、これは、先にかいたように反抗期がなかったとか、ではなく、
選べなかった、選ぶ自由がなかった、というだけで
端に我慢しているだけだから、
大人になってから、ドッカーン!とくる。

そして、大抵、ドッカーン!となってからでは、
なりたかった者になるための時間は余り残されていなかったり、
すでに他のものになってしまったあとだったりして、
本人自身が『手遅れだ』と嘆いていたり、
親も周囲も「いまさら、いまごろ?!」
「えっ、それが本音だった?!」と驚いたりする。

大抵、大きな親の希望にこたえて、
一流の、と言われる何かに
すでになっているにもかかわらず、
本人にまったくしあわせ感がない状態。
環境的にも恵まれ、能力もあるのに、幸せじゃない。

それでも、まだ力を残している場合は、
どっかーん!のあとに、立ち直って、
改めてチャレンジしたり、
一度は決めたことだからと腹を括りなおして、
本人が改めて自分にとって幸せとは、
自分で決めた道を自分の足で歩むことだ、ってなるんですけど。
手遅れじゃないよ、と自分に言い聞かせて。
ドッカーンがあっても、そうやって自己実現できればいいんですけど。

*******

②過ぎたるは及ばざるが如し

とにかく極端なの。
オールオアナッシング思考で親が突っ走ってるの。

薬は体に良くない!として、体調がメッチャ悪いのに
絶対病院に連れて行かないとか、薬は全部NOとか、
お菓子は子供の歯によくない!として、
保育園のオヤツですら『食べさせないで!』としてしまう。
そしてトラブルの際には白黒はっきりつけて、
徹底的に相手をやっつけて追い込む。
『100点じゃないと認めないよ!』と結果が全てで
過程をほめることなんてない。

こわいこわいこわい!!

いや、まちがってないよ。
ただ、まちがってないけど正しくもないよ、
そんな感じ。

体調悪いなら病院つれてけよ!
医学で出来る症状緩和ってありますけど?!
何より手当てしてもらっているという実感って
弱っている子供には大切でしょう?!と思うし、

オヤツには3食でとりきれない栄養をとるという
意味や気持ちを休ませる役目もあってだな・・・、とか、

徹底的に相手を追い込んだら恨まれるだけだし
周囲にはびびられるし、
万一自分たちがやらかした側になった場合
徹底的にやられるというわけで、いい展開にならんけどね?
「まあまあまあ」ですませたほうが今後も
周囲とうまくやっていけるんだけどな、とか、

中庸とか程々という言葉が、世の中にはあってだな・・・。
「なんくるないさー」とか「そのうちなんとかなるだろう」とか
『それもアリ!』っていう考えが全くないの、親に。
怖いよ。

間違ってないけど、この価値観で3年5年10年育てられたら、
失敗を恐れる子供になってしまう。
人を許せない子供になってしまう。
自分を許せない、愛せない子供になってしまう。

********

③体罰はしつけです!小言は愛ゆえです!

違うと思う。

体罰だめ絶対。

「愚痴・小言」と「諭す・説教」は違う。

体罰はね、ホントダメ。
ってゆーか、叩いてでもやめさせないといけないことは
確かにあるよ。
具体的には
・命にかかわるイタズラをしたとき
・故意に人を傷つけたとき
このあたり。

『どうなるかみたかった』とかなんとかで、
たとえば生き物を殺そうとしたなんてのは
もう叩いてでも辞めさせないといけないと思うし、
相手を肉体的にも精神的にも
悪意を持って故意に傷つけたときあるいはそうしようと
しているときは、辞めさせないといけない。

そんなんじゃなく、
クチで注意すれば十分通じるのに、
事前提示で約束しておくことで問題行動が防げるのに、

なにかとパシーンバシーンと
ぶったたく親がいる。
どちらかというと、自分がかっときたから、というそっちで。
自分の都合で、しつけの一貫性はなく、そのときの都合で。
叩く前に、教えるとか話し合いとか諭すとか、
そういうの一切なしで。

小さいときはそれでも言うこときくかもね。

でもある日、ふと、子供は気がつきます。
あ、自分、親より背が高くなってる。力も強くなってる、と。

反撃開始です。
と言うか、積年の恨みもあるので、
された以上のことをするでしょうね、多分。
そのとき『親を殴るなんて!』『年寄りになんてこと!』って
言っても、そもそも弱者だった子供を殴ってたんだよね、と。
殴れば言うこときく、ってことを今まで実践で教えちゃったんだよ・・・。
うちでそうする(家庭内暴力)ってのもいけないけど、
外でも暴力にモノを言わせたら、もう、犯罪だよ。
学校で暴力つかったら居場所がなくなるよ。

『体罰』は、されたほうには、ものすごい傷になる。
 #実際、脳がダメージを受けるというレポートもあり
でも、叩いてでもやめさせなくちゃいけないことは確かにある。
ただその基準は、本当に『余程のライン』だと思う。
自分を粗末にしたか、他の何かや誰かを粗末にしたか、の。
通常、子育てで、
子供を親がたたかなくてはいけないシーンなんて
そうそうないよ。

体罰ではなく、とめる。
とめたあと、落ち着いてから諭す。
あるいは2度目につながらないように教える、しつける。
何度でも伝える、教える。


あと「愚痴小言」はいう方がすっきりするだけー、と
思いきや、
スッキリなんてしないのです、
言霊というのは本当にあるので、言葉にすることで
『自分がそういう状態である』と改めて確認してしまうので、
不幸な気持ちがますます定着してしまうのです。
妖怪ドンヨリーヌのせいではなくて、
親の愚痴や小言をきけば、どんよりするのです。

聞かされたほうはたまったもんじゃありません。
ましてや、子供には、反論が出来ません、
まだ大人ほど言葉の力もないし、
年令ひとケタのときは、親の力って絶大なので反論できん。

愛だというのなら、
言う方ではなく『聞くほう』になりましょう、ぜひ。
人は、聞かされるより、聞いてもらうほうに
快感を覚えるのです。
だから、子供の話しを聞くのです。
白黒つける必要も、イチイチ感想いう必要もありません、
ふーん、へー、ほーでもいいのです。
ちゃんと対面で話をきくのです、親が聞くほうになるのです。

子供が『うちの親、愚痴ばっかり』『うちの親、五月蝿い』って
外で言っていたら哀しいじゃないですか。
『うち、親ともよく話するよー。
 この前、文化祭の準備のときの話したら、オカアサンが・・・』って
外で言っていたら嬉しいじゃないですか。

愚痴とか小言の部類を子供にぶつけない。
それは完全に、大人がしてはいけない、子供への甘えだよ。
子供は良くない言葉のシャワーでゲンナリしちゃう。

***********

結局ね、上に挙げたような大人に育てられると
子供は大変だと思うの。
親子関係の健全な構築に失敗すると思うの。

そうなってくると、思春期という、
子供が「自分と他者を意識して」
『大人に成長しつつある」時期に、

こういう大人でありましょうよ、という形が見えてくる。

☆一方的に叱ったり、親の考えを押し付けない
 本人なりの考えを、大人の一員として認める

☆常識とか世間のルールとか、一定の基準から
 外れすぎていない芯を親も持っている。
 親も考えがしっかりしていて意志がある一人の人間でいい。
 子供のやろうとしていることが、
 明らかに子供と周囲の命や人権を台無しにすることだったり、
 子供の言うことが余りに常識ハズレだったら、
 そこは譲っちゃいけないもの。
 ここぞというラインは、フラフラしていない大人が理想だと思う

☆雑談と相談が出来る関係で。
 そしたら、本当に困ったとき、相談が出来るから。
 そして親も、周囲の人同様、子供にも相談していいんだよ。
 それは、子供を、子供というより、対等な関係として
 一人前としてみている証でもあるから。
 相談内容は軽すぎず重すぎず、選ぶ必要があるけどね。
 そして、『選択肢なんてもらえなかった』と子供が
 思い込まないように、命令ではなく提案で。
  #「~しろ、しなさい」じゃなくて「~はどうかな」


*****
どんな親も、親である以上、
絶対、子供を所有物とはみなしてないし、
子供の幸せを願っているはずなの。

でも、伝える内容や伝える方法を間違えたら、
歯車が外れたら、どんどん、おかしな方向にいってしまう。

なんかおかしいな、と思った時点ですぐ手を打ちたいし、
また、おかしいなと思う前に、毎日のかかわりのなかで
ほころびをなおしたりメンテナンスをしたり、なんだよね。





スポンサーサイト
プロフィール

Author:まみ
ひっそりこっそり発達障碍ブログ。スペクトラム注意欠陥女子高校生1号とスペクトラム注意欠陥多動男子中学生2号のオカアサン。宣伝なしのマイペース更新でやっていきます。逃げない、あがく、前をみる。ツイッター「botmamichan」、黒猫アイコン。botが一日2回自動で呟き、手動で不定期投下してます。

カテゴリ
こねこ時計 ver.2
Sweets
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。