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なぜ「ペアレントトレーニング」や「応用行動分析」を取り入れる必要があるのか

いきなりABAの話しようかなーとか思っていましたが、その前に。

私たち発達障碍児の親がどうして
『ペアレントトレーニング(以後ペアトレと表記)』や
『応用行動分析(以後ABAと表記)』を
取り入れて『子育て』しなくてはいけないのか、
考えてみた。
・・・というエッセイ的な持論展開的な。

そんなこまけえことはいいんだよ、ハウツーだけ
さらせや、という人は
今日はブラウザ閉じて頂ければ、と。

のちのちハウツー的な話もします、多分。
恐らく短期集中連載形式になります、
冬いっぱいかかるぜw ABA

*****
『ペアトレ』
子供が発達障碍餅と確定した段階で、
恐らく耳にする言葉だと思う。
子供にとっても親にとっても有効な方法。

すでにしくじっている親子関係の再構築に
役立つ方法、として。
 #そこまではっきり書いてある本はないけども、
  でもそういうこと。子供はすっかり自尊心をなくして
  投げやりになっていたり怒りっぽくなっていたり
  すぐ泣くような子どもになっていたり。
  何より、親のことを求めているのに、信用してない。
  親は親で常に子に対してイライラして不満だらけ、という
  なんだかな、な「親子の関係を、
  ちょっとでも変える」ための、むしろ親のほうがする
  トレーニング。

ところが、これを一応知ってはいるけれど
一通り本は読んだけれど
説明してくれているサイトはいくつか知っているけれど、
『これはまるで犬の躾だ!』といって毛嫌いする指導者がいる。
『自分には出来ない』として取り入れない保護者が居る。

反面「これはいい方法だった」「学んでよかった」
『いい意味で価値観がぶっ壊れて、子供と向き合えた」と
する保護者が多いのも事実で。

ちなみに私は後者。学ぶべきだし、例え部分的で在っても
毎日に取り入れるべきだと考える。
生活の土台となる親子関係の健全な構築のために。


私たちの体と理性は、ときどき、ものすごい乖離をする。

頭(理性)ではアレやらなきゃ、ああこの締め切り今日だった、
それももうすぐ提出だ、そうだアレずっとサボってた、そろそろ
なんとかしないと・・・、と分かっているのに、
体が全く動かないまま、動けないまま、結局
何もしないで、また一日が終わってしまったり。
実際に動けば1時間もかからない作業だったりするにもかかわらず。

関係の無いこの人に怒りを発散してはいけない、
これでは甘えだ八つ当たりだと分かっている(理性)のに、
優しい誰かにすがって、叫んで泣き喚いてしまったり。

極端なことを言うと、法律でも人道的にも駄目と
分かっているのに(理性)、
確かな殺意を持ってヒトを殺してしまったり。


私たちは子供を指導するときに、
ついうっかり「こころ」をひとつの「みなしの基準」にして
しまうところがある。

「共感」する心が誰にでもある、と思ってしまっている。

「そんなことされたら、自分だったらイヤでしょう?」とか
『自分だったらどう思う。想像してみて。
 だから二度とやるんじゃないよ』
こんな感じで。

いいと感じる、悪いと感じる、嬉しいと感じる、
哀しいと感じる、怒りを感じる、嘆きを感じる、
そういった「こころ」の部分を、判断基準に入れて
他人の気持ちや狩りの自分の気持ちを想像して、
そして、「行動する」「行動しない」のよりどころとしなさい、と
子供に対しても(時に大人に対しても)思ってしまうのだ。

そして、おそらく、「こころ」は
乖離しがちな『体』と『理性、精神』をつなぐ、とみなしているし、
そうであると信じている。

やらなくちゃ(理性、精神)、いやだけど(心)、動こう(体)。
言うべきではない(理性、精神)、辛いけど(心)、言わない(体)。
こんな感じで。
理性、精神と体のかけはなれてしまった途中をつなぐ、
こころ、が、
同じ状況にあれば、同じように思うもの、という仮定の上で。


でもねえ、仮定なんだよ、絶対ではない。
人は別々に生まれて、別々の心を持っているからね。

そんなことすら忘れて、ついうっかり
「あなただって、もし同じ立場ならどう?」とか
「ふつうはこう思うでしょう、だからやらないでよ」とか
言ってしまうのだ。

言ってしまうけど、同じ風景を見たから
同じ感想をもつのか、というと全然違うんだ。
それまでの経験やもともとの考え方、その何処に特に
注目したか、価値観、今の心理状況、抱えている問題、
そういうものが全てごっちゃになって、
それぞれが違う「こころ」で違うことを考える。

そもそも、こころ、というみえないものが
本当にそこにあるのか、という、それもスタートかもしれない。

実は自閉の傾向を持っていると
『自分の見聞きして知っていることは、当然、
他の人も知っている』とみなすので、
 #「アンとサリーの箱」で検索
もっとぶっちゃけると、親が実は自閉の傾向を持っていると
『子供も同じように考えるはず、同じ気持ちのはず』と
過度に期待している。同一視している。
基本的に、親子といえど別々の人間で
別々の感じ方や価値観を言うこころをもっていることを
忘れている。

そして「うちの子が何を考えているのか分からない、
親子なのに」と言ったりする。
いやいや、親子でも親友でも恋人でも、それは。



子供が自閉の特性を持っていた場合、
本当に『感じ方』が相当一般的な基準と違うので、
親がどれだけ「あなただってイヤでしょう?」と
いっても、大抵
『別にイヤじゃない』『別に本当に興味が無い』
『(親の気持ちが、何故親がそういうのか)分からない』だったりする。


つまり、「こころ」が、親も子もお互い共通のものとして
基準と出来るほどはっきりそこにあるのだ、と
同じ気持ちのはずだ、同じように感じるはずなのだ、などと
みなして、保護者が子育てすると、多分、痛い目にあう。

『どうして分からないのよ!』的な子に対する苛立ち
「どうして通じないんだろう」的な子育ての虚しさ、
「なんて常識が無いんだろう」的な子供への失望。
そんな気持ちを抱えて毎日接していたら、
そりゃ態度にも顔にも言葉にも、どうしたって出てしまうから、
子供との関係がますます険悪になる。


ペアトレは「子供を誉めて」
自尊心を保持する、自己有用感を高める、と
心の状態をよくすることを目的にしつつ、

方法だけに注目すると、
『親がそれを本音の部分でどう思っているかどうかは、
 親の心はテクニックとして避けておこう』だったりする。
『とりあえず、親がいままでどう考えていたか、何を価値観に
していたかというのは置いておいて、
こういう点に注目した価値観にスイッチして』という、
本音の根っこになる親の価値観をまず変えよう、というやり方だと思う。

スポンジ。穴があいていて弾力性があり吸収性に優れている。
力を受けては流すだけのそこそこの柔軟性がある。
ガラス。透明度が高く硬質で滑らかな表面が魅力。
ただし壊れ易く、かかる力には弱いので取り扱いには注意。

発達障碍児を育てたいのなら(育てる必要があるのなら、
逃げられないのなら)、障碍の受容がまずありきだと思う。

「受容がそもそも無理なんだって!」っていう親も少なくない。
普通の子がほしかったのに、なんでこんなに手間がかかるんだ、
暴言ばかりの子供で子育ての喜びが無い、つらいだけ、
なんで友達居ないのよ、そんな風に言う親も少なくない。
 #少なくともネットで『本音』『毒』とか言っている親の
   闇のつぶやきをみていると、ぞっとするものすらある。

でもきっと「障碍受容をしていない」というのは、例えば、
スポンジに対して「どうしてこんなに穴がボコボコあいてるのよ
気持ち悪い!」っていったり
ガラスに対して「隠しなさいっていってるでしょ?!何でマルみせ?!
何でこんなに壊れ易いのよぉ、割れたら危ないなあ、もう!!」って
いってるようなもんなのだ。
すでにそうである、という事実(障碍特性)があるのに、
どうやっても変えられない事実なのに、
変えろ、と無理をいう(そして無理を承知で言うのは暴力だ)。

スポンジには柔軟性や吸収性という長所があるのに、
ガラスにはなだらかな表面や透明性という長所があるのに、
そこには注目しない。
そこを誉めたり、子供の毎日に活かそうとは思っていない。

穴ぼこだらけなことや壊れやすいことを指摘して、責める。

好きな作家さんの本にね「シロクマがハワイより北極で生きるほうを
選んだからといって、だれがシロクマをせめますか?」って
言葉があったんだけど、そういうことで。

受容をしていない保護者は、
北極で生きることが最適なシロクマを
他で生きるように強要し、
体のつくりからそれが難しいシロクマを責めたてる。

****
心というものを拠り所にすると、多分、こける。

共感する心に乏しいから。
見えないものだから。
実は、あるのかどうか定かではないものだから、
あるいは、あるが、それは千差万別だから。

『私がこう思うから、あなたもこう思うはず、
 だからやめようね!』
『私がこういう価値観で、こういうことを大切に思っているから、
 あなたも同じ人間としてそうなはず、
 だからこうしようね!』
それでは、多分、特に、自閉の特性があったなら、
かなりつらい子育てになるのだ。
共感性に乏しいので、同じものを見ていないので。

ただ、そうはいうけど、『誉められるとうれしい』というのは、
どうもどの子供にもあてはまるようだ、ということになり、
また、「できない」部分よりも『出来ている、優れている』部分に
注目したほうが、精神面でも明るく過ごせる、と言うメリットが
あることから、「誉めて育てよう」というのがペアトレ。

スポンジが穴ぼこだらけということは気にとめず、
その柔軟性と吸収性を活かす。
ガラスが壊れやすいということには配慮して、
透明性をいかして適所に配置する。
ハワイで生きられない白熊を生き物として劣っているなんて考えず
北極ですいすい泳いで力強く狩る姿を見て圧倒される。

穴ぼこに、壊れ易さに、環境を選ぶ体に注目して
欠点だと嘆いて子供を責める親の視点をかえて、

柔軟性と吸収性と透明性と力強い姿に注目させて、

それをあえて言葉にして伝えることで、
親子双方の認識とし、

親子関係を良いものにした上で、
その上で、
親からの苦言を
子供が素直にきけるだけの信頼を築いていきましょう、
明るい気持ちで毎日を過ごしましょう、
子供にはいいところがいっぱいありますよ!というのが
ペアトレ。・・・だと思う。

********
ABAでは「こころ(心的要因」には注目しない。

やらかしてしまった結果や一連のヒドイ言動や行動に、
納得できる理由や原因を
「こころ」から探ろうとすると
限界が見えるからだ。

「こう思うから、こうするべき」と指導しても
通じなかったり、
「こう思ったから、こうしちゃったんだろうなあ」とか
理解したつもりになっても、
本人が聞いたら「えっwそれ全然違うんですけど」
だったり。

そして、心は目に見えないものなので、
それを変えようとしても、そもそも
働きかけによって変わったのかどうかも判断できない。
見えないんだから。

『あの子は、言えば分かってくれる子だと思うんですよ、
こちらの熱意や思う気持ちは、あの子の心に通じるはずです!』
なんていわれても、ハッ(←鼻で笑う)になってしまうのは、
「こころ」という不確かなもので絶対になんとかなると
主張していて、それは一瞬、もっともらしくて正しい上に、
一体感も感じ易いのだけど。でもきっと、見えない不確かな
ものが土台のそれは、熱意という働きかけでどう変わったか、
前後で比較しようも無く、万が一、子供に改善がみられなかった
(というより指導者の望んだ目標に達しなかった場合)、
自分は頑張っていた(と、みえない、確認のしようがない
指導する側の心を、まだ根拠において)、結局、
『社会情勢』とか『こんな世の中だから』とか
『今時の子は皆こうなのかなあ』という
社会や世の中や今時の子みんな、という
他の『集団の心』を、うまくいかなかった根拠にしようとする。

見えない心を土台にやっていくと、
理論上、納得し易い『説明」になっていても、
これだ!と共通の特定になりにくくて、そのうえ、
見えない触れないものだから、操作が難しいんだよね。

だから、
「多分、こう思ったからこうしたんだろう」には注目しない。
『操作が可能』な部分に注目してやっていく、
それがABA。

*******
さて
ABAって、あらためてなんじゃらほい。

行動を基準に考えた心理学が土台。
人や動物の「行動」を「環境との関わり」から見る考え方。
なぜ「環境のかかわり』に注目するのかというと、
それが、こころと違って、
『操作可能』であり、『目に見える、観察できるもの、
前後の違いがはっきりデータ化できるもの』だから。

どういった環境にあったら、Aという行動が出てきて、
Aという行動が学習されて、体得され、
維持されてしまうのか、あるいは改変されてしまうのか。
行動と環境に注目したアプローチ。

*****
心理学の1つだから『見えない』こころを
あつかってはいるんだけど、
でも「学問」である以上、
『科学的』でないと駄目なのね。

科学的であるということは、すなわち、
『客観的な測定基準』がちゃんとある状態。
基準に基づいた評価がされないと駄目で。

その観察結果や評価は
『具体的に記述される(記録が残る)』、
検証が出来るものになっていないと、ということになる。

そして、子供はドンドン変わるから
行動の観察や測定評価は、適宜くりかえしして、
実際にとって行く対策や方法に反映させていく。

*******
やっと「さわり」が終わったw

「記録・・・ということは、つまり、
この方法は、結構書かせるのねww」とだけでも、
思ってくださればw

次回たぶん「学習性の行動」が柱の話。
これが「犬のしつけかよ!」とツッコミ入るゆえんですが、
だがしかし、の部分です。

だかしかし、において、何人を納得させられる
文章をかけるかワタクシ自分との戦い。

















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プロフィール

まみ

Author:まみ
ひっそりこっそり発達障碍ブログ。スペクトラム注意欠陥女子高校生1号とスペクトラム注意欠陥多動男子中学生2号のオカアサン。宣伝なしのマイペース更新でやっていきます。逃げない、あがく、前をみる。ツイッター「botmamichan」、黒猫アイコン。botが一日2回自動で呟き、手動で不定期投下してます。

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