スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

通級指導教室と在籍校の橋渡しは親の役目

通級指導教室と、在籍校の担任とは連携をとっている。
というか、とってくれないと、通級児が困る。

在籍校の担任が、クラス運営の際、発達障碍児の扱いに
ほとほと困り果てた場合、通級指導教室で相談に乗ることもあるし

 #場合によっては、臨時で学校訪問(=通級担任による
   在籍普通級での授業参観)を行い、実際の教室での
   子供の様子を見て、通級指導教室でも直接できる
   対応を考えたり、より状況にあった助言ができるようにする。

また、通級指導教室のプログラムが授業運営の妨げにならないよう、
お互いのスケジュールを伝え合うなど、
事務的な意味で連携もとらないといけない。

*******

ところが、在籍校の中学の先生と話していると、
それぞれの教員がそれぞれの教科を単独で見るという
独立性や専門性がじゃまをするのか、

どうも「ひとりでできるもん」的な先生が多いように感じられ、
連携を積極的にとろうとしているように見えない先生がいる。

また特に1号の場合、対人面での難が出にくかったせいもあろうが、
「なんで通級なんか行っているのか分からない」とはっきり
いわれたことさえあり(正直アスペ及び注意欠陥から来ている困り感を
「頑張れば何とかなる」「数をこなせ」って助言で終わらせてくれた人で、
キャリアは長そうだが、この人、今までどれだけ課題に苦しむ子供を
無駄につぶしてきたんだろうか、とそこまで思ってしまったが)、

通級指導教室に対して全く担任からの働きかけはない様子だった。
  #逆に言うと、1号が社会性という面で問題を抱えていないので、
    在籍校の担任が通級指導教室に相談する必要がない、という
    ことでもあるのかも知れない、が、それにしても。

ああ、この人、通級のことまったく分かっていないんだな、と
中学担任に対してガッカリした例。
通級指導に出た日は、在籍校が欠席や遅刻早退の扱いに
なりませんが(だって通級で授業を受けていたんだから)、
それを知らず、公式記録が間違いまくっていた。
通級に行った日がすべて早退扱い。

通級児の担当のは初めてじゃないので、とのことだったが、
出欠席、遅刻早退の記録が事実と違うという、
こちらの問い合わせにきょとんとしていた。
イチから説明して初めて分かってもらう有様だった。
「確認してみます」、はい、お願いします。

おいちょっと待て、その、過去に担当した通級児は、
きちんと通級指導教室に行って『出席』だったのに、
欠席や遅刻早退とカウントされ、
受験に必要だった公式書類が間違ってたんじゃないか?
彼もしくは彼女の不利益になっていたんじゃないか?

また、娘1号の特性から来る困り感から、
私がお願いをして、より特性に合わせた教室にするよう、
これこれこう具体的にやってほしいことがあると、伝えた。

ところが、担任が完全に「聞いてない」風だった。
担任は必殺聞き流しの奥義の使い手だったのだ(遠い目。

そこで通級からも在籍校に働きかけてもらえないだろうか、と言うと
「やってみます!確かに1号さんに必要な補助だし有効だと思います。
 また、学年全体の利益にもなるはずなので、良いアイデアです。
 ・・・がごめんなさい、期待しないでください。1号さんの担任、正直、
 こういうの、駄目な気がする。なかなか、話しづらいです・・・。」

って返事が返ってきたあたり、なんだかな。

そして実際、そのアイデアというか提案というかお願いは、
通級からの提案として、資料つきで改めて出してもらっても、
「必要ないと思います」で一蹴された。

同じ提案をしたほかの中学校では採用してもらえた、とのこと。
通級指導教室やずっと発達障害児を見てきた保護者や医師からの
有効なアイデアや対策は、学校に伝えるところまでは出来るけど、

伝えた後、実際に実行してくれるかどうか、は、かなり
先生の采配や考え方や柔軟性や、学校の現状、
校風、風通しのよさ、ポリシーで左右されるように思う。

中学通級の先生によると、地域すべての学校に「こうしてほしい」と
ある実施案を示したところ、採用してくれたのは3割だった、という
話だった。3割か。その3割に我が子がいるなら、過ごしやすい
学校生活が待っているであろうが、7割のほうにいるのが現実で・・・。

今、中学校や小学校の先生方も、前時代的な方法では
通じない子供が増えてきていると実感し、

その一因としての発達障害が分かってきて(勿論、しつけがなってない
健常児と一緒にしてほしくないと思っているけれど)、

学校がどんどん変わろうとしている。
発達障害児が必ず教室にいる、という前提で授業内容を考え、
確実に伝えよう、なんとか指導しようと四苦八苦している。
『まずは子供のために自分がいる』と分かっている先生は
たくさんいて、何とかしようとしている先生は沢山いる。

でも、自分のやり方を突き通したい、
経験に裏打ちされた自信から、子供たちは黙って俺についてこい、と
いう先生も少なからず、確実にいる。

ついていけない子供を「仕方がない子」「それもまた個性」で突き放して、
何の手もさしのべない先生がいる。

自分が困っていることに気がつけず、どうしたらいいのか分からず、
助けてと手を差し出すことが出来ないのも、自閉症の特性なのに。
・・・に対して「でももう、自分でSOSを出せる年令ですよね」で、
本当にSOSを出すと「対策は必要ないと思います」『甘えです』で
一蹴だ。対策は必要だし、甘えじゃないよ、と
医師が言っても通級が言っても保護者が言っても
通じないなら、お手上げだ。

********
2号が初めて、通級指導教室で行う遠足に行くことになった
時の話。

秋の遠足は、通級指導教室毎年恒例の行事だが、
ぶっちゃけ、つれて歩くには課題が大きすぎる子、
集団行動が出来ない子供には、お声がかからない。

また、グループ全体で行くのが前提のため、
極端な子供が一人でもグループ内にいた場合、
ほかの子供は遠足に行けそうでも、
その子供の問題行動や問題発言で、グループがたちゆかなくなる
危険性が高い場合(そういう差が出にくいように、知能テストの結果や
在籍級担任からの話、保護者からの話を総合して、
最初に、特性別年齢別でグループ作りをしているのだが)、

やっぱり、今年はこのグループは遠足はなしで、ということになる。

実際、前年は「今年はひょっとしたら遠足行けますよ!」って
春に言われていたが、残念ながら
集団で外に行くには大きな課題を抱えていると
私でもはっきり分かるお子さんが2人いたので、遠足は無しになった。


全員が、大きな課題を抱え集団行動が苦手、という前提で集まる
通級指導教室なので、先生は、普通のクラス運営よりよほど大変だし
神経も使う。でも、一人の子供にかかりきりになることは無理。

だから、外に出て、予想外の出来事にストレスを感じて
精神的負荷がかかっても、なんとかやり過ごせる子供、
指示する先生の声が届く子供、
誰かの問題行動をスルーする技術を
そこそこ身につけた子供だけが、行くことが出来る。

かんしゃくを起こす可能性が高かったり、
衝動性が強くどこかに行ってしまいそうだったり(あるいはフリーズ、
立ち止まったままがんとして動かない、という現れ方をする場合もある)、
衝動性が強く交通ルールを守ることすら難しいような状態の
子供だった場合は、

遠足はなし、無理。成長を待とう、ということになる。

********

在籍小学校の担任、△△先生に、先日、ちょっと長めで
『通級のみんなと遠足に行ってきます』と連絡帳を書いた。


*月*日通級指導教室の遠足に行ってきます。この日は朝集合して
午後解散のスケジュールで動きますので、在籍校には行けません。
当日、改めてお休みの連絡を入れることはしませんが、
よろしくおねがいします。

通常なら、ここまで(スケジュールの連絡のみ)でOKなんだけど、

「遠足のねらい」を書いておいた。

口頭で親担当の先生から、何故遠足にいくのか解説も受けた、
また、
プリントで、通級担任の「ねらい」を教えてもらっている。
それを、在籍校の担任も伝えたのだ。



普通の学校の普通級の遠足や集団行動や施設見学と違って、
通級指導教室で行う遠足には、ちゃんとねらいがある。

楽しい思い出を作ってもらうのも勿論なので、

子供たちに負荷がかかりすぎない、ゆるい、余裕のある
無理無いスケジュールで動くのは当然だし、

また、視覚支援がかなり有効な場合が多いので、
先生たちが事前に下見をして、やること行く場所すべての、
ポイントになる部分は写真で、前もって子供たちに見せる。
  #一般的には「校門に集合」などの文章指示で十分だろうが、
   通級指導教室の場合、校門の写真を今更でも見せて、
   「この、門の前に集合。校門前集合です」と、
  画面に映す画像と文章(お知らせプリント)と口頭の3つの
  方法で同じ指示を出す。

  視覚優先の子供でも言語が発達している場合でも
  聴覚優先の子供でも、得意などれかで「どうしてほしいか」
  『約束事、ルール』が確実に伝われば、覚えてくれれば可。

  画像を見ているので、確認し易く不安感が払拭される。

不安材料を最初に取り除いておき、
想定できる予想できるトラブルの芽を事前につみとり、

そして、質問タイムまでもうけ、

そんなことプリントに書いてある!で一蹴せずに、子供がほっとするまで、
何度でも同じ質問に簡潔に、繰り返しであっても答える。


そして、ただ、スケジュール通りに(時間を守って)、
班行動をし(みんなと仲良く)、だけではなく、
障碍特性の克服や訓練の場になるように、各プログラムを組んでいる。



今回は、

①帰りの切符は自分で買う体験
②財布など私物の管理は自分でする
③レストランでマナーを守って食事を出来るか
④集団行動を乱さず楽しくやろうと出来るか
  #話題を選ぶ、時間およびルールを守る、など
⑤公共の場に行くので、一般人に奇異にうつらないよう
  マナーを守りきちんと行動することが出来るか
⑥手順通りに、工作を仕上げることが出来るか
    #不器用である、衝動性が強い、説明書を読みたがらない、
     などなど、それぞれ課題を持っている中、各自それぞれ
     おみやげにもなるオブジェを作りましょう、というのは、
     それぞれの課題に真剣に向き合うことになる

これらが目当てや目標として、
スケジュールのなかに組み込まれていた。

そういったことを連絡帳に書いておいた。

最初の連絡事項さえ(遠足の日は在籍校に行かない、という連絡)
読んでくれれば、あと目を通すかは、担任にお任せで。

興味がなければスルーだし、あれば読むし。
『長いんですけどwww』って敬遠されちゃうかもと恐れる
気持ちもあるが、でも「子供のために自分がある」という
視点を忘れていない先生だったら、目を通す。

*******

通級って一体全体何をしているんだろう、
何するところなんだろう、
どういう授業が展開されているんだろう、ってのは、

通級にすでに通っている子供の保護者ですら、
「分かっていない」場合があったりする。

親だって、通級指導に我が子が通っているのに
通級について何も知りません、目的もよく分かりません、
自分の子供の何が問題なのかも分かりません、
学校に行けとすすめられたので手続きしました、、、では

あまりにもったいない。

指導中、マジックミラー越しに見える、
子供への先生の声がけの方法や先生の態度に、
接し方のヒントがあり、子供の課題があり、
通級担任が毎回くばってくれる「今日の授業と目当て(日報の
ようなもの、学習指導計画)」には、子育てのヒントというか、
今向き合うべき、今後のためにやっておくべき、親の宿題が満載だ。

でも、こういうものすごいメリットや目的は、
付き添っている親でも、何度か経験して初めて見えてくることなんで、

「とにかく問題児でしかない」と思われがちな発達障害児が、
その問題や課題を克服するために、
こういうことをやっているんですよ、と

折をみてお伝えしなくては、普通級の担任には
『通級ってなんだろう、よく分からないな』で終わってしまうのだ。

通級指導教室に遊びに行っているのではなく、
  #子供によっては、ただ「居心地がよい楽しい場所」としか
   周囲に説明できない場合がある。客観性がないので、
   自分の課題もグループのメンバーの課題も、その課題に対して
   先生が意図的にとってくれている対応にも気がつけず、
   漫然と過ごしてしまっているパターンが多々あるのだ。

   中学年から後は特に、何のために通級に行かねばならないのか、
   本人が自覚していないと、課題克服にはほど遠い。

   あんたは障碍を持っているから、なんて言葉を
   使う必要は一切ないが(むしろ、障碍とか多動とか自閉とか
   子供には使わないで欲しいんだが)

   怒りっぽいからそれを何とかするために、とか
   考え方で大分損をしている様子だから、とか
   気分転換の方法を身につけるためだよ、などと

   「なぜ自分が通級に通っているのか」を
   子供自身が分かっているようにしておかないと、
   いつまでたっても「退級(通級指導教室が無くても、
   社会的に問題を起こすことなく、本人が困ることなく
   周囲の助けを受けて、時には助けて、生きていける
   状態)」を目指すことが出来ない。

****
通級で一体なにしてんの?ゲームして終わり??
じゃなくて、

うちの子は、通級児は、
自分の課題克服のために、多少の負荷に耐えながら、
励まされながら
頑張っているんですよ、ってことをお伝えしなくてはいけない。


それが、親から伝わらないと、
前述の中学担任のように「なんで通級いってんのか分からない」
なんて一言が出てきてしまうんだろうな、と思っている。

 
これは先生からしたら「この子の困らせ感なんて、そんなもんで、
よくあることで、障碍っていうレベルなのかほとほと疑問なので、
行く必要がないのでは?」っていう誉め言葉なのかも知れないが、

困らせ感がなくても困り感を抱えている子供も問題なんだ。

 #困らせ感=その障碍特性に周囲が辟易している状態
  困り感=本人が誰より戸惑って混乱している状態


みんなが困っている、問題児だから、にっちもさっちもいかなくなって、
通級へ行く子供の方が実際は多いのかもしれないけれど、

本人が困っているのに、誰も気がつかない、
誰も気がつけないように
必死に「自分が分からないことを隠している」子供、って方が、

よほど問題だったりするんだよ。



助けてといえない子供の、
自分が困っているんだという自覚がない子供の、
頑張りすぎた、その結末なんて、
結局、自分を壊すしかないから。

通級は必要な場所です、健全に育っていくために。
通級は、1つの大きな支え場所なのです。


幸い、というかありがたいというか、
当時の担任の△△先生は、連絡帳をきちんと読んだだけでなく、
丁寧なお返事までくださり、また、遠足がどうだったか、
個人的に休み時間を使って、2号の話を聞いてくださり、

本当になんというか、ありがとう、しか無かったけれど。



********

在籍校の大事なイベントと日程がかぶってしまったり、
通級にいったことで、
先生が丹誠込めて準備した教材を使う授業に出られなかったり、
教室にいない間に授業が進んで、勉強面で遅れが出たり。

通級指導に通うリスクって確かにある。

でも通級って、知的に遅れがないのに、その持って生まれた
脳の癖のせいで、あるいは後天的な何かのせいで、
社会的にうまくやっていけない発達障碍児や課題を持つ子供には

必要な、療育の場所であり、
また、心の支えの候補となる居場所なのだ。

その子の障碍特性の克服や緩和、あるいは
治らないけれど社会的にはオーケーとなる代替行動を入れる、と
いう目的を持って、一つ一つの時間割ができあがっている。

だから(体調不良でもない限り)休むわけにはいかない。
継続的に指導を入れることで、成果も見えてくる。


ただ、在籍校と保護者、保護者と通級指導教室、
通級指導教室と在籍校の連携がうまくとれないと、

在籍校担任もこころから笑顔で送り出すことは難しいと思う。

担任が連携が取れていない家庭の子供のために、と
こころから思うことは難しいと思う。

普段の困り感がすごいから、親ですら「しつこいな」とか「うるさい」
「トロい」「何やってんの」などと
言いたくなってしまう位の特性があるんだから。

感情的ではなく、事実を淡々と、
通級の目的やねらいや結果を淡々とお伝えてして、
何より日頃の子供への接し方へ感謝をしつつ、

在籍級担任へ、在籍校へ、
タイミングを逃さず、発達障碍への理解を
少しずつ、訴える。
感謝する、お願いする、時に頭を下げる。

それも、発達障碍児の親の仕事のひとつだと思う。


そんな「橋渡し」の役目をきちんとしていればね、
通級の先生と在籍校の先生も連携がとりやすいの。
電話しても、挨拶とか最低限で、大事な話に入れる。
「ああ!**さんのお母さんから聞いてます!」とか
「先月、遠足いってきたって報告してくれました!」とか
先生同士も、子供の話がしやすくなるし、
もし、保護者に非常に伝えにくいけど、でも子供のため
伝えなくては!ってことが、通級や学校であったときも
『どっちがどういう風に話して、今後、どうそれぞれの立場で
 フォローしていく?』って連携が取れるんだよ、先生同士で。

『先生、分かってくれない』じゃなくて、
分かってもらうために、橋渡しをする努力を、親も、ぜひ。
連携が取れるほど、加速度的に子供が良くなっていきます。
いいことだらけなんです。





  

 


スポンサーサイト
プロフィール

まみ

Author:まみ
ひっそりこっそり発達障碍ブログ。スペクトラム注意欠陥女子高校生1号とスペクトラム注意欠陥多動男子中学生2号のオカアサン。宣伝なしのマイペース更新でやっていきます。逃げない、あがく、前をみる。ツイッター「botmamichan」、黒猫アイコン。botが一日2回自動で呟き、手動で不定期投下してます。

カテゴリ
こねこ時計 ver.2
Sweets
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。